元旦なのに

元旦だから?

去年のGW過ぎだったと思います。宮城県石巻市の高校生(平成25年卒業)が書いた詞が話題になっていました。新しい年の初めこそ忘れてはいけない、覚えておかないといけないことだと思いますので以下に引用します。去年の1月、私も仙台で仕事をしており、南三陸町まで出かけました。あの庁舎…線香のにおいを思い出します。

潮の匂いは。

片平 侑佳(平成25年卒業)

 潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。

潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下で くだらない話をして笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあっ て、サヨナラを、言いたい。

潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢 した。“頑張れ”に応えようとして、丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。

潮の匂いは一人の世界を連れてきた。無責任な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じかもしれない。誰も助 けてはくれないんだと思った。自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだ けで処理するように、遠まわしに言う。“未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。お前は誰とも繋がってなどいない、一人で勝手に生きろと、 何処かの誰かが遠まわしに言っている。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。

潮の匂いは始まりだった。
潮の匂いは終わりになった。

潮の匂いは生だった。
潮の匂いは死になった。

潮の匂いは幼いあの日だった。
潮の匂いは少し大人の今になった。

潮の匂いは優しい世界だった。
潮の匂いは孤独な世界になった。

潮の匂いは――――――――

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