いやな気分の年末

並んでいた墓

おもしろくない話しですし、長くなりますし、相手は反論できない(故人)ですので、私の創作と思われる方もいらっしゃるでしょう。それはそれで仕方ありません。ただ、真実はひとつです。

写真は久しぶりに今日行って来た、私の家(名字の入った)の墓(右側に写っている墓と並んで、左側のきれいになっている場所にもうひとつ墓がありました)です。今日行ってみたら、写真の通り私の名字の入った墓石は撤去されていて、右側に母親の旧姓(○村なのですが、なぜか田△の名字も入っている妙な墓です)の墓だけが残っていました。

元々ふたつの墓は、どちらも父親が建てました。その時は母親の母親(私の祖母)も存命でしたので、祖母の配偶者(故人で私も会ったことがありません)と、母親の早世した兄弟(姉妹)の墓(写真に写っている)もと言うことで、両方の墓を建てたようです。私の名字の入った墓には私の兄(50年以上前に逝去)が入っていました。墓の管理に関しては、父親が仕切っており、私は何も言われていませんでした。もちろん自分の代までは、粗末にしないようと思っていましたが…

4年ほど前に父親が他界して(その数年前に母親とは離婚しており、父親は再婚しましたが、母親はひとりのまま痴呆が進んで入院しており、父親の死亡がわかったのかどうか私もわかりませんでした)父親の配偶者から

遺言で「自分(父親)と兄の遺骨を菩提寺の共同墓地に一緒に埋葬して、墓は菩提寺に返してくれ」と言われていた。

と連絡が入りました。その遺言とやら、何ら紙が残っているわけでもなく(もちろん公正証書などもありませんでした)父親の配偶者が本当のことを言っているのかどうかを私が確認する術はありませんでした。おまけに、父親が兄をどれほど大事に思っていたかは、それこそ50年以上比較され続けてきた私は骨身に染みてわかっています。

「オヤジがそう言っていたのなら、そうしてください」

と言うしか私には出来ることがありませんでした。

この時に私の中で何かが完全に切れてしまったと思います。父親が兄とあの世で会えたのかどうかわかりませんが、兄が大事なのはわからないでもないです。自分も子供を持ってみれば、5歳にならずに病気で逝ってしまった子供のことをどう思うかは簡単に想像できます。とは言うものの、私も正直墓などいらないですが

「俺はどうするの?墓まで差別するのか?」

と思うのもごくごく普通の感情だと思います。

それ以来墓には行っていなかったのですが、父親の配偶者が本当に墓をつぶしたのかだけは確認しておこうと思い、今日行ってみました。その結果が写真の通りです。父親の配偶者も配偶者で、ひと言の連絡も私にはなかったですから(苦笑)まあでもこれである意味サッパリしました。もう2度とあの駅で降りることもないです。ただねぇ、どうせ墓をつぶすのなら隣もつぶしてくれたら良いのに…まあ父親の配偶者としては、母親の親族など絶対に関わり合いになりたくない連中でしょうけど、そこで人としての大きさが出るんじゃないの?とは思います。

父親がいなければ、私が今こうして生きていないのも間違いないですが

「それほど兄貴が大事だったのなら、兄貴が死んだときに一緒に死んじまえば良かったのに」

くらいの悪態はつきたいですね。

墓と言えば、母親の墓は別の場所に建てました。妹が「あの女(父親の配偶者)に近いところは絶対いや!」と言うので(苦笑)その時に、写真に写っている墓に入っている骨も持って行け!と言ったのに、それには知らん顔(苦笑)まあ祖母の骨は分骨してあったので、それで用は足りるでしょうし、祖母の配偶者や、母親の早世した兄弟(姉妹)は一度も会ったこともない人なので「他人」と言っても良いくらいですから、このまま写真の墓が朽ちていっても、そう大事にはならないと言うことでしょう。

しかし、本当に「どいつもこいつも」です。と言う私が一番ひどいのかもしれませんが…

こんないやな話しはこれで終わり!少しはスッキリしたかな(^_^;)

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